時々ネタとなりますが・・
FIFAワールドカップ サッカー 日本VSギリシャ戦。
0-0の結果で 本当に残念でした(^^ゞ まだ、第3戦は残っていますが、気分は2018年のロシア大会に行っているのでは。ある番組でブラジルに日本から応援に駆けつけてきているサポーターの一人が、TVのリポーターに「仕事を辞めて、ブラジルに来ました。」と応えているのを聞いて、「凄い心意気だな。」と感心しましたが、それをいつ決めたかの問いに「4年前に決めました。」の答えもすばらしい。どんな事情とか環境とか関係なく、そう思って実行する力がステキだなと思いました。
東京オリンピックは2020年。6年後の開催に向けて建物の建設やインフラの整備などゴールを決めて動くことは大切なことですよね。ブラジル大会に出場したサッカー選手たちだってこの舞台を夢みて、小さい頃からサッカーをし、4年前には悔し涙を流しながらも続けてきた日々。その想いが、人によっては仕事を辞めて遠いブラジルまで応援に行くという行動を促したのでしょう。たぶん、そのテレビの中で応えていた人も自分にも重なるような過去があったり、何かしらの縁があったのでしょうね。
「お金を出して建物をつくる。」そこ人の意志が感じられない場合、その仕事は淡々と行われ また感動を呼ぶことは少ないでしょう。でも一人の建築家が生涯を捧げて作った建物、例えばスペインのガウディが作った サクラダ・ファミリアとかになれば どれほどお金と時間がかかっても一生のうちで一度は見てみたいと思ったりするのではないでしょうか。
人が何かしら達成しようと頑張っているときに、その人を応援したくなるのは 目標を達成できようと、例えできなくとも見ているものの心を熱くします。自分と体験が似ていればこそ、苦言も酷評もしたくなるというものです。もとJリーガーたちの声がどれだけ熱いことか。分かるからこそ、いいたくもなるのでしょうね。
それは、他の職業や人間関係についても同じことがいえると思います。新入社員がベテランの社員に厳しく指導されているのは、自分もそうゆう経験をしてきたからこそ ついつち口酸っぱくいうこともあるでしょう。本人にすれば 今を精一杯頑張っているわけだから、余計なお節介にもなるのですが、それでも言いたくなるのは相手のことを想い、そして過去の自分を反省しているということもあるのでは。
結婚生活も長年連れ添った御夫婦からのアドバイスは 新婚の二人には「わかりきっていること」と映ることもあるかもしれませんが、その「わかりきっていること」のキモチが薄れて行くのも結婚生活というもの。生まれたての赤ちゃんを「五体満足であれば。」と願って育て始めたのに気がつけば「学業に、スポーツに」と、あれこれ夢を託して ふと気がつけばいつもキモチがいっぱい・いっぱいになっている子供になっていたり。それも自分の過去の反省から行っていることもあるやしれませんね。
そうやって口うるさい人ほど、本当の自分にとっては強力なサポーターだったりするものです。ブラジルまで応援にいったサポーターの人たちにもそれぞれの人生があります。その人生を別の誰かがサポートしてくれている。グランドでサッカーをする選手にとっては小さな声としてしか届かないかもしれない。同様に、自分たちの周りにも届くか届かないような小さな声がいっぱいサポートしてくれているのです。その声に気づくか、気づかないかはあなた次第。
小さな声に気づける人ほど、多くの声の応援してもらえるし、確実に人生も豊かになるはず。小さな声に気づけれない人は、逆に大きな声さえも耳に届かない。私はサッカーはにわかファンで お祭りのような時しかフルタイムでみませんが、それでも各国の応援団の人たちがその場所に行ったキモチを思うと 思わずテレビの前で正座してしまうのです(^^ゞ