徳島ガラススタジオさんのガラス展を愛媛県に見学しに行ってきました。徳島なので県内で行っているガラス展に行けばいいようなものなのですが、徳島で開催される日程時にちょうど徳島県内にいないので、車で2時間。愛媛の今治河野美術館まで、一走り。
ガラス作家さんの作品展は、県内外問わず 機会があれば出かけて行って作品を拝見させていただくようにしています。個人的には、シンプルなどこにでもあるようなガラスが好きだし 作家さんのグラスより職人さんが汗を拭き拭き作り出すグラスが好きなので 一時期ほどあちらこちらを見て回らなくなりましたが、それでも出来立てのガラスやグラスを見ることは勉強になります。
色ガラスとか模様のついたガラス(写真はレースグラス)は、かわいいし、それだけで存在感がありますよね。洋服に例えると、柄物というかんじでしょうか。逆に無地のシンプルなグラスというのは 白いシャツといった感じでしょうか。どんな靴やバック・他の色物と合わせても様になるという感じがします。
柄や色付きのグラスやガラスはその発色の美しさや模様に眼が最初に行きますが、透明のグラスはそのグラスのカタチから始まり、ガラス本来の厚さや透明度が気になります。ほんと、白シャツと柄シャツを選ぶ時の感覚と同じと考えていただければよいかと。なので、本当に高価なグラスというのは 薩摩の黒切子のように 色もカットも素材も製法も一切の妥協を許さないものを指すと思います。
それでも 私が強く魅かれるのは、有名な作家さんのグラスより丁寧な職人技のグラスです。作家さんのグラスは それだけで圧倒されてグラス全体から作家さんのオーラが出ていますが、名も無き職人さんが作ったグラスはシンプルだけど 丁寧な手仕事感があり そこに作り手の温かみを感じます。
私自身はグラスの収集も含めて、お伺いしたガラス展ではガラスを購入すると決めているので、作家もののグラスを多くコレクタトしていますが 好んで使うのはやはりシンプルなグラスだったりしますね。これは お食事の時のお皿が気がつけば白が多かったり、カトラリーも変わったカタチのものは淘汰されてシンプルなものしか残らないのと同じことかもしれませんね。なので、今回もクリアでシンプルなグラスを購入しました。
もちろん、このグラスにサンドブラストで手を加えることは絶対にありません(笑)なぜならこのグラスは作家さんのグラスだからです。でも、職人の作ったグラスとなれば別です。
作家さんのグラスは1個を作家さん自身、もしくは多くとも3人程度でつくられると思うのですが、職人のグラスというのは大勢の人が携わることが多いです。炉の管理はもちろん、グラス部分と脚部分では違う人が作業をし、口の火入れもその作業だけをする職人さんがいます。仕上げ磨きも専門の職人さんがいます。私たちはそのなかでグラスの名入れという部分を請け負っているという想いがあります。そうして 名入れすることで職人が作ったグラスから「お客様ご自身のグラスにブランドを変える」という意識があります。
作家さんのグラスを手に入れるたびに思うことなのですが、その感性や手作業にはいつもリスペクトさせられます。それでも、それが作りたくても作る時間やスキルのない人のために自分たちの技術がお役に立てれば、それは幸せなことだなと思ったりするのです。