古希祝いに贈る家族写真
贈るのはモノではなく、今の幸せを伝える
家族を愛すること、愛されること
家族をもって始めて分かることに、自分より大切な人が存在するということです。それまでも大切な人に出会ったことはあるでしょうが、ドラマのセリフではありませんが、「自分の命に代えても」と心底いえる相手は自分の家族だけでしょう。
ですが、同時に自分自身が、大切な存在だったことを忘れてしまいます。それは守られる側から、守る側に立場が変わったので仕方のないこと。
自分が家族を愛するがごとく、自分自身が家族から愛されていたことを思い出しましょう。そうすることで、将来 自分自身も家族から再び愛されるのです。
感謝するということ
でも、実際にそうやって自分自身の親に感謝できるのは、自分自身が幸せな時といえるでしょう。大学受験のさなかに、バラ色の大学生活を夢見てとは言っても 目の前の試験で頭はいっぱい。合格後のことなど想像すらできません。ましてや、希望大学から不合格通知が届いたなら、今までの苦労はなんだったのかと恨みさえするでしょう。
でも、第一希望の大学でなくとも、大学に進学したことで気の合った仲間と出会い、新たな経験を積んで行くことで、自分が望んでいたバラ色の大学生活はこういったものだったんだと納得し満足感を得ます。もちろん、敢えて新しい大学に挑んだり、再度 第一希望の大学を受験することもあるでしょう。ですが、一度大学生活を経験したことで生まれる余裕もあります。そうなった時に始めて後輩たちに、大学生活ってこうゆうものだよと語れるのです。
何事も経験して、余裕が生まれないと他人に語ることはできません。家族に対する感謝の気持ちも同じです。自分が家族を守る立場になり、余裕が生まれてこそ、親に感謝できるのです。
感謝されたり、見返りなど望んでいない
自分が家族を守る立場になり、その家族から感謝されることなど望んでいない自分がいることに気づく時でしょう。あるいは、そんなことさえも考えないこともあるでしょう。
何一つ持たず生まれてきた赤ちゃんを前に、その赤ちゃんの笑顔に幸せを感じるとき、そこに赤ちゃんからの感謝など何も期待しません。逆に、笑顔をありがとうと、自らが赤ちゃんに感謝する想いすら生まれるはずです。
でも、赤ちゃんが成長して言葉を発するようになり、「ありがとう」と言えれると嬉しいものです。望んでいなかったけど、「ありがとう」の一言で心が癒されてゆく思いを感じる感覚を経験した人もいるでしょう。大人になったいま、親に再び「ありがとう」を伝えてみませんか。そして、自分自身も今、幸せであることを伝えましょう。それが親にとっては一番の見返りなのです。
スマホの時代に、記念写真をプリントしてプレゼントするなど時代遅れと思うかもしれません。でも、昔からいくら腕時計が普及したとはいえ、壁掛け時計が無くなることはありません。目をやれば時刻を教えてくれる時計。機能は同じでも、自らの意志で見るのと、勝手に視界に入ってくるでは別物です。同じ写真でも見たい時に見る写真と、絵画のごとく心に染み入る写真はそれがある場所で役割が変わってくるのです。想いを写真立てに刻印して古希祝いに贈ってみませんか。その写真立ての刻印のポイントは
タイトルは。古希など誕生日でなくとも感謝でもOK!
いかがでしたか。家族写真を写真立てで贈るとき、その刻印ポイントに「家族一同」の文言をいれることが大切になってきます。家族のお名前を刻印することもありますが、今後家族が増えることを考えるとその「家族一同」には含みをもたすことがいいでしょう。そこにはペットや兄弟姉妹の家族も含まれるかもしれません。それは受け取る側の想像力が決めることなのです。そんな写真立てを親の古希祝いや誕生日祝いに今年は贈ってみませんか。