「大きくなったら 何になりたい?」必ず一度は問われた質問ではないでしょうか?私の記憶するなかで、私のなりたかった職業は「花屋さん」です。このことは過去になんどか ブログやメールマガジンでも書いてきたのですが、(その後「花屋さんは早起きしなくてはならい」と知り、挫折した話を含めて)花そのものも好きですし、生けることも今でも大好きです。
花屋さんになりたいと 何故思ったかというと話しは 幼稚園の頃まで遡ります。家に咲いた花を学校に持っていっていくと 先生の机の上や教壇に飾ってもらうのが嬉しくていそいそと学校に持っていった記憶が今でも鮮明に残っています。母親が用意してくれたお菓子の包み紙にくるまれた自宅の花を、両手で抱えて学校にもっいく自分。先生はこの花を喜んでくれるかな?友達はどう思うかな?なんて、不安や期待混じりの自分。包み紙を開けた時のそれまで無彩色だった教室が一気に華やかになる雰囲気をうれしく思う自分。
学芸会や運動会を待ち望んだり、音楽や絵画に秀でた才能があるわけでもなく、大して学校に行くのが好きなわけでもありませんでしたが、花を学校に持って行く日だけは 前日から心がソワソワしていたものです。今から考えると、それは私にとってちっちゃな心の武器だったのかもしれません^_^;ちょっとした集まりにお茶菓子を差し入れしたり、仕事の取引先に手土産を持っていったり。そうすることでその場を明るくし、自分自身を居心地よくさせていたのです。よく「贈り物上手」は「生き方上手」とも言われますよね。自分が居心地がいいことこそが上手な生き方なのですから。
何かに参加することは、勇気が要るものです。なにもかもがそうなわけでなく、同じ趣味・思考の集りは気安いです。でも、近隣とのお付き合いや遠い親戚との集まり、仕事上の形式的なお付き合いなど、避けて通れるものなら 避けたいものですが そういった付き合いほど自分自身を見つめなおしたり 磨く場だったりします。学生時代の友と長続きをするのはそういった自分とは違う視点の人だからこそ、ということもあるのではないでしょうか。敢えて、そうゆう場に身を置くことは人生の一時期において必要なことかもしれませんよ。
私はご先祖様へのお花だって、「いつもご無沙汰ばっかりして、すみません。まあ、お花でも愛でて許してね。」なんて気持ちで飾るちゃかっりものです(^^)vちょっと疎遠になっている方やこれから仲良くし行きたいと思う方へ、そんな気軽な気持ちで贈り物を贈ってみてはいかがでしょう。ポイントは送り付けではなく、さりげなく手土産で、「心ばかりのものですが」と、一言添えて。ガラスの花束ならおすすめのものがございます。→
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